印鑑の書体

印鑑は素材だけでなく、印面に彫り上げる書体にもいくつか種類があります。
「篆書体(てんしょたい)」は日本のお札に捺されている印鑑の書体で、日本最古の印鑑と言われる「漢委奴国王」の金印にも使われている書体です。現代文字とは形状が異なる文字がありますが、可読性が低く、印鑑を使う用途によっては使いにくいこともありますが、偽造しにくい書体であるため実印や銀行印には適した書体です。
この篆書体をベースに中心から外へ向かって強い流れの線が特徴の「吉相体(きっそうたい)」も可読性が低く実印向きの書体です。上下左右斜めと八方に末広がる事がら「八方篆書」とも呼ばれます。
「太枠篆書体(ふとわくてんしょたい)」も、篆書体を細目に仕上げ、枠を太く作成し、通常の篆書体と比べると軽やかな感じの仕上がりになり、女性に人気のある書体です。
可読性が高く、認印としての使用に向いている書体には、「隷書体(れいしょたい)」「古印体(こいんたい)」があり、隷書体はお札に書かれている日本銀行券や壱万円の書体の文字です。
古印体は日本漢字を基に、印章用に進化した書体です。このように、印鑑の書体は印面の書体を変え、使用する目的によっては書体の可読性を考えて作ることが大切です。

参考サイト→書体が選べる印鑑の通販サイト「印鑑ダイレクト」

印鑑の素材

印鑑を実印として印鑑登録するには、できるだけオリジナリティがある印鑑を作り、登録することが安全にもつながります。
印鑑が彫られ作られる素材にはたくさんの種類があります。
動物の角を使った印鑑では、「象牙」「河馬」「マンモス牙」「オランダ水牛」「黒水牛」などがあり、特に象牙は、印鑑の素材の中でも最高級品といわれ、見た目の美しさや耐久性に優れています。古くから使われてきた素材ですが、現在ワシントン条約で一部輸入禁止となっていますが、条約締結前に輸入されたものは認定シールと共に販売されています。
天然木材を使った印鑑では、「薩摩本柘」「黒檀」や、天然樹木60%樹脂40%の結合圧縮強化木で作られた「アグニ」があります。
「琥珀」は、今から数千年前に松や杉、ヒノキなどの樹脂が化石化したもので、装飾品の素材としても使われます。印鑑を作る場合には、琥珀と高濃度の人口樹脂を合成し耐久性を高めて作ります。
このように実印は、個人を示す一生ものと考えられ、素材にこだわり作られることの多い印鑑です。ゴムやプラスチックの素材では印面が変形しやすいため、実印として認められない素材もあります。印面が破損してしまうと印影が変わってきてしまうため無効となることもありますから注意が必要です。

印鑑と実印

印鑑は使用する用途によって違いがあり、文字の訂正のために捺す「訂正印」、確認したことを表すために捺す「認印」そして、「実印」があります。
実印は不動産や車などの売買、公正証書などの重要な取引や手続きを申請するときに、必ず必要になる印鑑です。
これは印鑑を住民登録している市町村の役場に自身の戸籍上の姓名を彫刻した印鑑を登録申請し、受理された後、公において自分の印鑑であると証明する「印鑑証明書(印鑑登録証明書)」が発行されます。この印鑑登録がされている印鑑を実印と呼び最も重要な印鑑となります。
15歳以上であれば一人に付き一本だけの登録となり、外国人でも外国人登録していれば印鑑登録することができます。また、個人だけでなく、法人でも会社を設立するには実印を作り法務局に登録してもらう必要があります。そこで法人として印鑑証明を取ることができますから、会社として間違いなく登記されているという証明にもなります。
印鑑を作りその印鑑を登録する。そして、その印鑑と印鑑証明書を合わせて提示することで、自分や法人の身分の信用を得られる重要な印鑑となっています。そのため、捺印する場合には書類の内容をよく読んで慎重に扱うことが大切です。

印鑑の歴史

日本最古で現存する印鑑は「漢委奴国王」の金印で、1784年に福岡県福岡市東区志賀島で発見されています。
印鑑制度の始まりは、中国の官印という役所で使用される印の制度が日本に渡来し整備されたのは奈良時代で701年に律令制が整ってからであると言われており、当時は公印としてのみ印鑑が使われ、私印の製造や使用は禁止されていました。
その後平安時代に入り、貴族にも私印の使用が認められるようになりました。また、平安時代の中期に入ると花押(かおう)が使用されるようになります。
花押とは草書体に崩した署名(草名)を極端に形様化したもので、中国の斉において発生したとされており、東アジアの漢字文化圏に多く見られ、日本においても戦国時代になると花押の様式が多様化し、実名を元に作成され図案化されたり、家督を継いだ子がそのまま花押を引き継いだりといった印鑑的な役割を果たしており、江戸時代まで盛んに用いられました。
また、戦国時代には花押と併用して私印も盛んに用いられ、織田信長は「天下布武」上杉謙信は「地帝妙」徳川家康の「福徳」豊臣秀吉の「豊臣」など権力と威厳を表す私印も用いられました。
江戸中期になると花押よりも、印鑑が用いられるようになりました。
1873年には実印のない証書は裁判上の証拠にならない旨の、太政官によって交付された目地時代初期の法令である太政官布告が発せられたことによって花押は姿を消し、印鑑が正式な書類には必要とされる、実印制度が定められました。